令和3年5月の話

 昨年、高輪ゲートウェイ駅が開業したように、ここ高輪周辺は歩いて行けるJRの最寄り駅がないので、周辺の駅まで子供たちを送迎することがよくあります。ほんの数分の間ですが、子供たちの近況を聞いたりして、束の間の楽しい時間を楽しみながら、駅まで送るのですが、駅につくと車から降りた娘は振り返ることなく駅の構内へ歩いていきます。

 娘が小学校へ進学した時、一人で歩いて小学校まで通えるのかが、とても心配でした。入学直後のある日、坊守がそっと後ろをついていったのですが、お寺を出発した娘は一度も振り返ることなく楽しそうに出かけて行ったという話を印象深く覚えております。その時は、数回でも振り返って、少しは家のことを気にかけて欲しいという気持ちがあったのですが、実際、家のことを気にかけながら登校していたら、娘が無事に帰ってくるまで気がかりで、何も手につかないのでそれはそれで困った話となったことでしょう。 

 駅まで迎えに行くと、行き交う人々の中に娘の姿を見つけると、娘がこちらを見つけて颯爽と歩いてくるのが見えます。この迎えの時に、「そうか」と分かりました。帰る家があるから、安心して外を向いて出かけることが出来るんだと理解することが出来ました。

 何度も娘の出かける姿を見送りましたが、一度だけ、不思議な涙が出たことがあります。

娘が大学三年の数か月、山形県鶴岡の研究施設へ籠っていた時期がありました。研究の合間に数日寺へ帰ってきましたが、すぐに鶴岡に戻る日となり、境内の掃除をしていた私は、参道で娘を見送りました。参道を歩いていく後姿をずっと見送りましたが、娘はいつも通り振り返ることなく出かけました。遠方で長期間でも振り返ることもなく出かけられるようになっている娘の成長に安心したのか、嬉しい涙が流れていました。間もなく延期になっていた娘の結婚式が催されます。振り返ることなく歩いていく後姿を見せてほしいです。

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