平成31年4月の話

 国民の象徴として初めて即位された今上天皇。退位に際しては、ご自身の体力のことや公務の責任の重さなどを発言されつつも、政治的発言にならないように細心の注意を払われながら、国民へご自身のお気持ちをお伝えくださり、今回の退位という歴史的な行事の実現になりました。歴史上では、要所要所で政治の要となり、責任を求められた天皇家の様々な思いが根底にあることでしょう。
 天皇陛下ほど大きな話でなく、日々の暮らしの中では、私たちも様々な責任を負うことがあります。自動車の運転などは、運転免許証により様々な責任が生じる仕組みになっています。自動車の運転者は、歩行者などの交通弱者の安全を最優先に考えたり、信号機のない交差点では他車の動きに細心の注意をはらい事故をおこさないように、安全に車両を運行しなければなりません。免許証を取得する時に、しっかりと学んだはずなのに、いざ事故が起きると、いろんな意見がでてきます。
私はちゃんと見ていたのに、そちらが急に動いたとか、停まったとか、いろんな言い訳ばかりを言って、事故を起こした責任から逃れることばかりで論争になってしまいます。もっと身近なことで考えれば、暮らしの中でも、言った・言わないという類の水掛け論のような争い事はしょっちゅうありませんか。議論することのプロとも言える政治家の方々も、後から本意ではなかったと訂正されたり、一部の方々への配慮に欠けていたと謝罪することをよく見かけます。自分の発した言葉に責任を持つことは、とても難しいことだと思います。すべての国民が納得できるような言葉を探して、国民の象徴として退位されることになった天皇陛下のお優しさには、頭が下がるばかりです。幼少期からの英語教育の必要性が重要視されていますが、美しい日本語の継承も容易いことではないと思います。伝えていくのは、元号ばかりでなく日本人の美しい心も後世に伝えてまいりましょう。

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