令和3年9月の話

 鐘撞堂の奥に夏ミカンの木があります。例年だと、夏ミカンの実が一つか二つくらいしかつかないのですが、今年は十個くらいの実がついているようです。夏ミカンの実は晩秋の頃から色付き始めるので、今の時期だと葉っぱと同じ緑色をしているので、目を凝らしてみてもなかなか見つからないので、正確に数えることが出来ないのです。

 オリンピックの開会式では、二千機弱のドローンが様々な模様を夜空に描き出して話題になりました。最近は、ドローンの登場により、手軽に高所からの撮影ができるようになりました。身近なところだとお寺の本堂の屋根瓦の点検にもドローンを活用するようになりました。私は操縦は出来ませんが、ドローンの空撮動画を見ていると、見慣れた公園や海岸線の景色でも、少し高いところから見たり、少し低いところから見たりするだけで、今までとは違う景色に見えてくるから不思議ですよね。 

 私たちは、目で見ていろんな判断をしております。しかし夏ミカンのように、目には見えているようで見えないものもあります。また、自分の目ですべてを見ているように思っていますが、違う角度から見てみると思っていたものとは全然違うものだったということもあります。

 そして、目で見るために必要なものが一つあります。それは、光です。普段の暮らしの中では、お日さまの光や、室内では照明器具などの光が常にあるので、意識することなく、「光」の恩恵を受けておりますが、窓のない部屋で照明器具もつけずに、目の前の物が見えますか、自分の手が見えますか?光がないと何も見えないのが、私の目の力の限界なのです。儚く頼りにならない我が命と共に、強く明るく今日の日を生きることができるのは、私が知らないうちに、阿弥陀さまが慈悲の光で、私たちの歩んでいく世界を照らし出して下さっていたのですね。

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