令和3年3月の話

 3月と言えば卒業シーズンですね。この時期になると、自動車運転免許証を取得したことを思い出します。私が自動車の免許を取得した頃は、街中を走るほとんどの自動車は、MT(マニュアルトランスミッション)と呼ばれ、手動で変速機の操作が必要で、この操作が自動車の運転のハードルをあげていました。仮免許練習中の人や、初心者マークをつけた自動車が、街中でエンストすることは当たり前。時には交差点で右折の順番を待っていても、前の車がエンストして通れるはずの信号が通れなくなることもしょっちゅうありました。それでもベテラン運転手は、自分が通ってきた道なので、温かい眼差しで見守っていました。私も一日中運転する機会に、一度もエンストしないで走れるようになるには少し時間がかかったように記憶しています。 現在の街中を走る98%の自動車はAT(オートマチックトランスミッション)と呼ばれ、自動車の変速機の操作を自動で行ってくれるので、自動車の運転がとても易しくなりました。運転が易しくなれば、心に余裕が生まれ、他車への配慮も増えて交通トラブルは無くなるものと思っておりました。しかし、実際は、運転が易しくなったから、運転中にマンガを読んだりゲームをして、前方不注意から前の車へ追突したり、歩行者を轢いてしまう。操作に慣れない初心者の車がゆっくり走っていると、必要以上に接近して初心運転手を心的に追い詰めたりと、ベテラン運転手の心無い運転が目につくようになりました。

 自動車の開発者が、運転手の負担を減らすように、オートマの研究を重ねた結果、運転手は、自分自身の技術が向上したような錯覚から我が物顔の運転をするようになってしまっては、開発者の苦労が報われません。便利な道具は、私たちの不得手をサポートしてくれるだけで、私が変わるのではありません。こんな私たちをいつも見守ってくださるのが阿弥陀さまに他なりません。

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