令和3年2月の話

 一二四年振りに節分が二月二日になると報じられると、どうしたどうしたという気持ちになりますね。立春は国立天文台暦計算室が太陽と地球の位置から割り出して設定しているそうです。立春がずれることによって、立春の前日の節分もずれることになり、二月二日にずれたことは、一二四年ぶり。二月四日にずれたのは、三十七年前だそうです。これからは、二〇二五年には、二月二日にずれるそうです。

 日々の暮らしの中でも、いつもと違うことには、とても気を惹かれます。期間限定とか地域限定の商品を見かけると、必要以上に購入してしまうことありませんか?今しか買えない、ここでしか買えないという普段とは違う特別感が、私たちの興味を惹きつけます。この時期で言えば、桜風味の食品が販売されるかと思いますが、桜の花の時期だけの期間限定販売なので無くなる前に買いたくなりますが、期限がなかったらどう思うでしょうか。

 私は学生時代の四年間は京都で過ごしました。入学の時には、京都にいる間にいろんなお寺の参拝ができるのだから、たくさんお参りしてきなさいと前住職に言われたものの四年間で参拝した寺院は数ケ寺でした。いつでも行けるという思いがあると、実際はなかなか出かけず、もう卒業となってしまいました。いつもあるものには、いつでも手にすることが出来ると思い込んでしまうのが、私たちの悪いところです。期間限定、地域限定ではない定番の商品を、今手にすることが出来ることが、どれだけ有難いことなのか、鈍感になってしまっているのです。

 私の命や、身の回りの大切な方々の命も、今、健康だからと言っていつもでも続くものではないのです。平常時、なんでもない時になんでもない場所で、普通に話が出来る事は、二度と訪れない至福の時間なのです。いつもと同じように見えていても諸行無常です。なんでもない普通の日にこそ、感謝しましょう。

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