令和元年11月の話

 豊洲に市場が移転して一年が経ちました。新市場は、連日観光客が大勢訪れて大盛況との様子がテレビで報じられております。一方で、築地場外市場の来場者減が心配されていましたが、観光市場として、外国からの観光客を中心として、連日盛況のようでホッとしました。

 築地と言えば、市場が連想されるほど、築地市場は、東京の食文化を支えてきましたが、築地には本願寺が先に越してきたのです。築地市場に移転する前は、日本橋に市場があったそうですが、関東大震災で焼失して移転先が築地になったそうです。そこからさかのぼること二百六十数余年、江戸時代の明暦の大火(一六五七年)により、築地本願寺の前身となる浅草御坊が焼失しました。当時の幕府が浅草御坊の再建先に指定したのが、八丁堀の浅瀬。要は、海を埋め立てるしかありませんでした。浅草御坊の再建にご尽力いただいたのが、佃島周辺のご門徒の方々でした。

 浅瀬の埋め立てとはいえども、波が髙く堤防は破れ、工事は困難の連続だったそうです。大勢の方々のご尽力によって、浅草御坊を再建する地面を築きあげたので、「築地」という地名となったそうです。その築地の台地の上に再建された御坊が、築地本願寺と呼ばれるようになりました。見事再建された築地本願寺の周辺には、たくさんの寺中寺院も建立されましたが、関東大震災で、築地本願寺と周辺寺院のほとんどが焼失。築地本願寺は現在の鉄筋コンクリート造となり、たくさんあった寺中寺院は、再建に伴い移転していくようになり、日本橋市場の焼失移転と重なり、築地市場が開場されるようになったそうです。ですので、築地場外市場の動向が気になるのですが、新しい築地場外市場の歩みが始まったことに、心より安堵しました。新しい豊洲市場が、私たちの食文化を支えて、新しい東京の文化を創り出していくのでしょうね。移り変わり行くのも楽しみになりますね。

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