平成29年2月の話

 暖冬で過しやすい冬のように感じますが、暖かい日が続いた後に冷え込む日があると、実際の気温以上に寒く感じます。絶対的な気温ではなく、どれだけ寒い気温でも慣れていくことで、暮らしているように思います。慣れるということは、言葉をかえると、感じ方が鈍くなることですので、一度寒い気温に慣れると、あまり辛く感じないのでしょう。
慣れてしまうのは、気温だけでなく、日常生活の中でも、いろんなことがあります。例えば、何か決められた作業をする時でも、初めて作業をする時は、くたくたに疲れてしまうことが、何度も繰り返していると、その作業に慣れてしまい、辛さを感じることがなくなります。人間の強さなのかもしれませんが、なんでも慣れてしまうと、有難味を感じることもできなくなります。テレビで、モーターがなくなると、自動ドアを開けることに苦労したり、エレベーターがつかなくなり不自由するというコマーシャルを見かけました。
 一見、馬鹿らしいコマーシャルですが、まさしく私たちの「慣れ」ということを巧みに表しているように思いました。はじめて、自動ドアを見かけた時、どんな思いだったでしょう。エレベーターで高い階へ移動できた時の有難味もだんだん感じることがなくなり、エレベーターがない建物には、不満を漏らすようになっていませんか。
 身の周りの物だけでなく、私たちはたくさんの人達に支えられて生きているのです。しかし、そのことにも慣れてしまうと、不満が出てきます。街がきれい、街が安全、街が快適なのは、私の心がけの影響もありますが、私たちの知らない誰かが、私のために尽くしてくれているのです。先人は、「親孝行したい時に親はなし」と示してくださいました。身の回りの大切な方々は、私が知らない時にも、私のために尽くしてくれていること、忘れてはなりません。そして、仏さまも私たちのことをいつも見守っていてくださいます。

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