平成29年9月の話

 親鸞聖人は、鎌倉時代を生き抜かれた僧侶ですが、非僧非俗という立場をとられて、結婚されてお子様にも恵まれました。奥様は、恵信尼様という方で、親鸞聖人よりも九歳年下の方で、六人のお子様を授かったそうです。末娘の覚信尼様へ書かれた十数通のお手紙が残っているのですが、亡くなった年などは正確な御命日はわからず、御命日について諸説あるのですが、現在は、一二六八年に亡くなられたとされております。ですので、當山瓦版の告知の通り、今年は、恵信尼様の七五〇回忌をお迎えすることになります。
 親鸞聖人の奥様ですから、とても大切な方ですが、御命日がはっきりしないこともあり、江戸時代の真宗教学でも、恵信尼様の存在自体が議論されることも多々あったそうです。しかし、大正十年の冬、西本願寺の蔵から、恵信尼様晩年の建長八(一二五六)年から文永五(一二六八)年までの十二年間に、末娘の覚信尼さま宛てた手紙十数通が発見され、恵信尼様の存在が確立されたのと同時に、親鸞聖人の比叡山時代の様子を知ることができる貴重な資料の発見にもなりました。
 恵信尼様は、三善為教の娘であるとされていますが、三善家が地方の豪族だったのか、京都の中流貴族だったのか、はっきりとしたことは分かっていません。親鸞聖人と共に現在の茨城県で約二十年間お過ごしになられ、親鸞聖人と共に京都へ向かわれた後、恵信尼様が七十歳を過ぎてから、親鸞聖人のお側を離れて、新潟でお過ごしになられたことから、三善家は、新潟地方の豪族ではないかという説が有力となっております。
 混乱の鎌倉時代、念仏弾圧の苦境の中、親鸞聖人と共に生き抜かれた恵信尼様は、とても芯の強い性格でありながら、親鸞聖人に寄り添う心優しい女性であったと思われます。詳細は後日となりますが、来月の當寺の報恩講で、恵信尼様の生涯を朗読劇として、演じていただきますので、是非御参詣ください。

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