平成30年10月の話

 渡印二日目の夜、聖なるガンジス河でヒンドゥー教のお祭りがあり見学に行きました。河のほとりにたくさんの人が集まり、ヒンドゥー教の僧侶が六人出てきて、儀式がはじまるものの言葉がまったく分からず、ただその場の雰囲気に圧倒されました。一時間ほど見学していましたが、終わる気配がないので途中で帰って来ましたが、ガイドさんの案内で駐車場まで歩いてきたら、辺り一面真っ暗なのに驚きました。日本の夜は明るいという話を聞いたことがありますが、夜の闇でガイドさんとはぐれたら、ホテルに帰れないと思い必死について行きました。翌朝、再びガンジス河に訪れると、昨夜は人が溢れていた町も静かになっていて、ゆっくり町並みを見学することが出来ました。空港のあるデリーとは大違いで、神の使いである牛が至る所で寝ていて、牛と人が共存しているという感じでした。ガンジス河を遊覧して沐浴を見学する予定でしたが、河が増水していて中止となりました。
 ガンジス河のあるバラナシを離れ、フマユーン廟やタージマハル、ジャンタルマンタルなどを見学すると、すごい財と智に恵まれて、壮大なる文明が発達していた様子は、言葉で表現できないほどのスケールの大きさでした。なぜ、その後の発展に繋がらなかったのか、なぜ衰退していったのか、歴史的な背景には疎いので、疑問が残るばかりです。
 インドの王様の暮らしぶりは時代によって違うのでしょうが、インドのシャカ族の王子として生まれたお釈迦さまが、王室の暮らしを捨てて出家されたことの重大さが少しでも分かったような気がします。ゴーダマ・シッタルダーが覚りをひらかれたからこそ、親鸞聖人へ阿弥陀様の御教えが伝わったことでしょう。今回の旅では、時間の制約があり、お釈迦様の誕生した地や、覚りを開かれた地、涅槃を迎えた地などは見学することが出来なかったので、何かの機会に再び渡印したいとの思いが強くなり帰国の途へつきました。

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